風の町 

2018年01月24日

 日本海を渡ってきた湿った冷たい風は、東北から北陸に二十年ぶりの大雪をもたらした。しかし、その年の冬も私の故郷には乾いた風だけが吹いた。

 故郷の風は、遠い時代の幼い思い出を運んでくる。舗装道路が少なかった時代、赤城山が遥か遠くに見え田畑の間をまっすぐ伸びた田舎道、激しく舞い上がる砂塵、差し込むような冷たい風。母は、幼い私を風から守るように自分に引き寄せて抱いた。あの時の母の匂いは、もう忘れてしまった。

 私の乗った電車はホームが一つしかない小さな駅に着いた。S駅に降りたのは母の納骨以来だから十ヶ月ぶりである。私と一緒に電車を降りたのは、腰が曲がり杖をついた老婆と、小さな男の子と母親であった。老婆は風に煽られながら小さな体を杖で支え、母親は風で舞い上がるコートを膝の上から右手で抑え、子どもの手を左手で握っている。

 ホームの前の改札を抜け、誰もいない待合室を通り抜けて駅前広場に出た。駅前ロータリーにはタクシーが一台とM町行きのワンマンバスが停まっていた。バスは沈みかけた太陽をフロントガラスに反射させ、朱金色に輝いている。私は寒さから逃げるように早足で歩き、ゴトゴトとアイドリングしているバスに乗り窓側の席に座った。バスの窓から駅の方を見ると、老婆が転びそうな歩調でヨタヨタと歩いてくるのが見える。老婆はバスの昇降口の下まで来ると、運転席を見上げ「今日は寒いんねえ」と初老の運転士に大声で声をかける。老婆の首に巻かれた灰色のスカーフが風に煽られる。運転手は「ヤマさん、早くのってくんないかい、今日はお客がいるんだよ」と言い、バスに入れと入れと手招きした。どうやら運転手と老婆は顔なじみのようであった。